(短編集)ベッドサイドストーリー・2
私は雨粒がハッキリと見えるからビニール傘が好きだけど、一般的には「とりあえずの傘」扱いではないだろうか、と不思議だったのだ。誰かに間違えられたって、同じような他の傘で代用できる気軽さがあるのではないか、って。
間違えられたり、とられたって仕方ないや、って肩をすくめられるような。
だけど目印をつけて、間違えられたと追いかけてきた。
男の人はふ、と照れたように笑う。
「大事な傘なんです」
「え?」
照れくさいのだろう、彼はさっと視線を外して言った。
「大切な人がはってくれたんです、そのシール。だから」
言いかけて、思いなおしたように小さく首を振り、彼はじゃあ、と頭を下げる。
「あ、すみませんでした」
「いえ」
私がかけた言葉にもう一度笑って、男の人は来た道を戻っていく。片手に買い物袋を提げて、片手で大事な傘をさして。
・・・片思いをしているのかも、あの人。
私は立ったままで、雨の景色の向こうへ彼が消えていくのを見送っていた。
きっと好きな人がいて、彼女がくれたからとっても嬉しかったのだろう。貰ったものがなんであれ。小さなシールをはったビニール傘、それも大切な宝物になることが、人生の中では何度かある。