(短編集)ベッドサイドストーリー・2
私は手にもったパンプスをぶらぶらと揺らしながらそう聞く。だって君は今、ここにいるではないの。もう誰もいないだろうって思っていたのは私も同じだ。まさかまだ人がいるなんて。
エレベーターがすぐ上の階で停まったらしい。チンと軽い音がここまで届いてくる。私はそれに気がついて、一瞬躊躇した。
・・・帰る、べき?帰るべきよね、私?今、ボタンを押せばエレベーターはこの階でも停まってくれる―――――・・・
でも。
そう頭の中で声が聞こえた。
でも・・・まだちょっと、牧野さんの声を聞いていたいかも、って。
この心地よい声を。
そう思った。
だけど私の指は、エレベーターのボタンを目掛けてのばしつつあった。
私はそれを認識して、軽く失望する。
ここで帰るべき。それって正しい社会人の行動。心の声に従って、ここに残ることすら出来ない、それが私――――――・・・
「あの、良かったら」
柔らかい声が耳の中に入ってきて、つ、と、ボタンを押す寸前で指が止まった。
「え?」
牧野さんを見ると、彼はあぐらをかいたままで上半身をひねって、こちらを見ている。そして、あの声で言った。
「・・・良かったら、もう少し話しませんか。あんまりこんな機会ないし」
ボタンに手を伸ばしたままの格好で私は彼を見る。その横を、エレベーターの箱がおりていく音がしていた。