淡恋
始まり
高校に入って2年目、私はクラス替えを憎んでいた。
-どうしよう。あの子と同じクラスだ。
私の高校は小中とのエスカレーター式。
うまく行けばこの先に大学もあるが、だいたいは進路の関係で高校までの人が多いらしい。
そんな学校だから、回りはみんな知り尽くした相手。
名前も顔もグループも、定着しつつあった。
私は中学の頃に転校生としてこの学校に妹と一緒にやって来た。
妹とは双子で顔はそっくり、名字は一緒。
最初、皆が見分けがつかないためか、転入してきたからか
私の呼び名はすっかり名字の木村だ。
それでも、名前で呼んでくれる人もいた。
それが今クラス替えによって脅かされようとしていた。
同じクラスに同じ名前の音の子がいるのだ。
彼女の名前は竹下愛美。
皆の中の「まなみ」といえば、私より断然、竹下愛美の事だった。
-もぅ、名前は呼んでもらえないかもしれない。
そう思った、2年生最初の予感が
見事、的中することとなる。
ある移動教室の帰り、廊下を歩いていると先生に呼び止められた。
「木村、宿題が出てないがどうした?」
「宿題?なんのことですか?」
私は身に覚えの無い宿題について先生に質問したが、先生はため息をついて私をあきれた顔で見た。
「とぼけても駄目だからな。前の授業で出した宿題。ちゃんと提出しろよ」
それだけ言うと、先生はスタスタと歩いていってしまった。
あの先生は、私のクラスの授業を担当していない。
担当してるのは、隣のクラス。
ということはあの先生の言っている「木村」は私じゃなく、妹のことだった。
-仕方がない。似てるんだし。
私は自分に言い聞かせて、理不尽に嫌な態度をとられた事への怒りを鎮めて、さっきの先生の言葉を伝えに妹のクラスに向かった。
「和海。また、間違われて男の先生に宿題出せって言われたんだけど」
「あ!忘れてた。ありがとう愛海」
「うん。別に良いよ、じゃあね」
伝言を終えて教室を出ようとすると、中から妹の名前⚫和海!と呼ぶ声が聞こえた。
-いいな、和海には自分だけの名前があって…
少し痛む胸をごまかしながら教室に戻ると、今度は私の名前が呼ばれた。
「まなみ」
ビックリして声がした方へ振り向くと、そこには竹下愛美にかけよるクラスメートがいた。
さっきのまなみは愛美だった。
-そう、だよね。私なわけないよね
名字も、名前も私のものじゃなかった。
姿でさえ、私だけを表すものではなかった。
-わたしは、何をもってして、木村愛海なんだろう。
木村を呼ぶ声は本当に木村愛海を
まなみを呼ぶ声は本当に木村愛海を
姿を見る目は本当に木村愛海を
本当に木村愛海を木村愛海としてみてくれている人はいるの?
私は、保健室に逃げることが多くなっていた。
あの日、井島先生に会ったのも保健室だった。