【短編】君ガ為、闇ヲ討ツ


「花姫、また泣いておられるのですか?」


声と共に姿を見せたのは、私を守護する役目に就いている五人のうちの、月草。


「月草…あの人は」


蔵に入れた弓─花霞の状態を尋ねる。

彼ほどの力では、弓に閉じ込めるだけでは駄目かもしれない。

月草の翡翠色の瞳が私を見据える。


「まだ出ようと抗っています。皆が総出で治めていますが…旧友故、手こずっております」


そうだ、月草たちにとっても霧氷様は友達だったのだ。


「ごめんなさい…」

「何故、謝るのですか。貴女は姫として当然のことをしたまでです。仕方がありません、霧氷のしたことは兄上殺しだけではない」


月草の言う通り、霧氷様は私の兄上だけではなく、兄上の治める『世界』ごと焼き払ったのだ。

どれくらいの命が失われたか、今となっては分からない。

彼の力で消された『世界』の人々は、元から無かったことになったからだ。

罪は、見逃してはいけない。

愛する者であっても。

そんな己の規範にただ従っただけの私は、やはり『無』なのだろうか。


「だから、泣かないで下さい。花姫」


春の陽光が月草の金の髪を煌めかせる。

すっと彼が座り込む私の目の前にしゃがみ、その人差し指で涙を拭った。


「霧氷だって理由があったはずです。しかして、貴女を恨むことなどはしない。あいつはそんな奴じゃありませんよ」

いっそ、恨んで欲しいのに。

そう思ったのが分かったのか、月草は柔和な笑みを浮かべた。


「駄目ですよ、そんなことを願っては。貴女の美しい笑顔が見られなくなる」


「またそんなことを」


「常日頃から思っておりましたよ。そうですね、貴女の守護を任された幼少の頃から」


おどけたように言う月草は、いつから私に敬語を使うようになってしまったのか。


ふと、そんなことを考えた。


「とにかく、霧氷はお任せ下さい。だから、どうか。貴女は壊れないで」


懇願するような声色に、頷くことしかできなかった。




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