逆光
ガリガリとヘラでフライパンを引っ掻く音がする。
「うわ、焦げてる」と総馬の呟きが聞こえた。
「確かに、クロックビーチは遠いなぁ」
フライパンをのぞきながら、そう言われた。
クロックビーチは遠い。
和泉は総馬を一人にして、遠い場所へ行く。
焦げくさい匂いがする。
目玉焼きを焦がした男の背中をじっと見つめる。
五年前より一回り小さくなったように感じる背中。
この人は、全部背負ってナムトへ行く。
「総馬さんなら、料理してくれる女性なんてすぐ見つかりますよ」
そう言って、フライパンを取り上げようとした。
ヒタリ、と足が止まる。
言葉にした瞬間、和泉の胸にカランと何かが落ちてきた。
冷たく、硬質な何かが。
もしかしたらこの人は、死ぬまで一人かもしれない。
そうじゃなくて、誰か別の人と一緒になるかもしれない。
誕生日の夜。
あの時のような、独占欲を隠しもしない情事を、和泉以外の人とするかもしれない。
総馬から本能のままに求められた時の優越感を、和泉以外の人が感じる夜があるかもしれない。
あらゆるかもしれない、が頭を回る。
それが異常に冷たく、鋭利に、和泉の心を刺し、逃さないように締め付けてきた。