逆光
「大谷には話をつけてあるから、男手が必要な時にはあいつを頼れよ」
春物のコートを羽織りながら総馬は言った。
今日は総馬が家を出る日だ。
ナムトへ出発するのは一週間後。
それまではホテル泊まりの予定だ。
離婚届は和泉が出してくれる。
「そこのノートに病院と弁護士、保険会社と、とりあえず色々連絡先が書いてある。
俺の名前を出しておけば世話焼いてくれるはずだから」
そう言って机の上にあるノートを指す。
けれど、和泉は反応しなかった。
窓の外を眺めてボンヤリしている。
白いレースのスカートが風になびく。
胸元には、総馬が骨董市で選んだオレンジ色のネックレスが淡く光っていた。
総馬は諦めてポケットから片手サイズの冊子を出す。
通帳だ。
机の上に置く。
「額は多くないが、何かの足しにはなるだろう。使ってくれ」
そう言って、もう一度和泉を見る。
窓の外を見つめる目。
人形のように整った横顔。
外の光が反射して、瞳がキラキラしている。
これが見納めだ。