逆光
「俺が嫌なんだ。」
「は?」
「和泉さんや大谷がそれで良くても、俺は和泉さんにそんな生き方してほしくない。」
「いやあなたの気持ちなんて知りませんし。」
突然何を言いだすんだこの男は。
俺が嫌だ、だとか、ワガママか。
二十代の男がそんなことを言っても気持ち悪いだけだというのに。
俯いたままの寺田総馬はなんとも言えないような表情をしている。
「だから、つまりな、」
つまり、と、そこまで言った時、「総馬」と彼の友人らしき男が声をかけた。
和泉と寺田総馬は同時に声の方へ目を向ける。
「話してるとこ悪いけど、そろそろ時間だぞ。お前行かなくていいの?」
純粋に善意で言っているであろう友人の言葉に寺田総馬はハッとして腕時計に目を向ける。
講義の時間が迫っていたようだ。
「すまない、話はまた後で。」
寺田総馬はそう言うと和泉の返事も聞かず駆け出した。
後での機会が一生来ないことを願いながら和泉はその背中を見つめる。
本当に、寺田総馬は和泉の人生の邪魔しかしない。
やれ大谷を巻き込むな、そんな生き方するな、と。
しかしその邪魔に耐えるのもあと少しだ。
今週末、大谷にレストランに誘われている。
そこで和泉が告白して、無事大谷と付き合えればその時点で和泉の完全勝利だ。
今まで大谷と何度か出かけて、手応えは上々だと思っている。
別に、好きだと言ったところで嘘にはならないだろう。
独占欲や性欲を伴った好きではないけれど、大谷の人柄は好ましく思っているのだから。
和泉は当日着ていく服のことを考える。
上品で、シンプルなものがいいだろうか。
変に着飾るよりは落ち着いた雰囲気でまとめた方が印象は良さそうだ。
だけど冷たい印象を与えない程度に柔らかい色も使って。
数分後には和泉の頭の中は大谷との約束の日のことでいっぱいになっており、寺田総馬のことなど片隅にも残っていなかった。