逆光
「大谷さん、私帰ります。」
「は?」
和泉の言葉に反応したのは大谷ではなく何故か寺田総馬だった。
大谷は何の感情も読み取れない目でじっとこちらを見つめている。
「総馬を連れてきたのはまずかった?」
本人がいるのにそれを言うか、と思ったがまぁ寺田総馬ならいいだろう。
実際彼は和泉にとって邪魔でしかない。
「そうですね。出来れば彼抜きで食事したかったです。」
「……二人共俺がいることを分かっているのか。」
寺田総馬が何とも言えないような表情で和泉と大谷を見る。
一刻も早くこの場を去りたい和泉からしたらこの男に構っている暇はない。
「大谷さんの気持ちは分かりました。もうこれ以上、連絡したりしないので安心してください。」
ムスッとしてそう言うと、大谷がふっと口元を緩めた。
その堪えきれなかったように出てきた笑いに和泉はイラッとする。
ここにきて大谷が、好ましい男から得体の知れない男へとイメージがガラリと変わる。
本当に、なんなのだ。
好ましいと思っていた冷静さも、今では小憎らしく思える。
「いや、怒らないで。和泉さんが勘違いしてたから。」
「勘違いも何もないでしょう。寺田さんを連れてきたってことは、私のことはお断りなんでしょう?」
「そうじゃないよ。」
「じゃあ何なんですか。」
噛み付く和泉に対し、大谷は少しも表情を崩さない。
こっちが必死なのに、相手が飄々としているのは面白くない。
和泉の頭は静かに怒りを燃やす。
大谷に言ってもはぐらかされるばかりなので矛先を寺田総馬に変える。
「大体、寺田さんは何で来たんですか?邪魔するつもりにしたって、普通ここまで来ます?そんなに私が大谷さんと付き合うのは嫌ですか?」
和泉がそう詰め寄っても、寺田総馬は下を向いて黙ったままだった。
言い返してくれればいいものを、こうも黙られると消化不良だ。
いや、もう和泉の言葉が寺田総馬の心情そのものだったのだろう。
大事な友人を、和泉のような金しか見てない女にはやれないということだ。
当たり前のことだ。
それが、普通だ。
和泉は鼻の奥がツンとしたが、ぐっと堪える。
泣いていい立場じゃない。
被害者は大谷と寺田総馬だ。
異端なのは和泉で、寺田総馬は友人を悪い女から守ろうとしただけだ。
自分の生き方考え方についてはもうとっくに割り切ったつもりでいたのに、拒絶されただけで泣きそうになるとは。
自分は自分で思っていたよりもずっと弱かったようだ。