それを愛と呼ぶのなら。【完】
「暁」
はっきりと私の耳に届いた悟の声は、信じられないくらい真っ直ぐな声だった。
それは、私に必ずこちらを向け、と言っている声。
目線を逸らす事は許さないという、声。
そっと、悟の方へ目線を向ける。
悟はまだお酒が残っているのか、少しトロンとした目で私を見ている。
それなのに、瞳の奥に真剣さが滲んでいて、どうしようもない気持ちになった。
「どうしたの?サト…」
悟は、人目もはばからず私に手を伸ばしてきた。
私の方が背が高いのに、悟は私を抱えるようにして抱き締める。
「…悟。酔ってるの?」
悟は返事をしない。
ただキツく私を抱き締めて顔を首元に埋める。
悟が呼吸する度に、私の首筋に息がかかる。
「…っ!悟、ねぇってば。この酔っ払い…」
「大人しくしろ、馬鹿」
返事、出来るんじゃない。
何よ、急に。
すぐ近くにある悟の香水を吸い込む。
私は、この香水の香りがとても好きだ。
忘れたいと想っても、きっと忘れさせてくれない程、独特な香りを放っている。
悟の腕が、私の身体を抱き締める。
強く、その腕が絡みついて離れなくなるのではと想うほどに。
悟の息が、首にかかる。
身じろぎする度に、悟は私の身体を離すまいとする。
こんな悟は初めてで。
いつもと同じはずなのに、こんな抱き締め方を私は知らなくて。
悟の背中に回す事を躊躇った私の手は、悟のスーツの上着の端をギュッと握りしめることしか出来なかった。
「…暁…」
掠れた声で、呼ばないで。
縋るように、呼ばないで。
悟が私を呼んだ声に応えずに、自分の手をそっと悟の背中に添えた。