それを愛と呼ぶのなら。【完】
「さ、離して」
そう言って、悟の頭に自分の頭をぶつける。
母親が子供を諭すような声を出して。
悟の腕の力が、弱まることはない。
そのことに気付きたくなくて、私は全身を左右に大きく揺らした。
「ほーら、気持ち悪いでしょ?早く離しなさい」
「う゛――――っ」
明らかに抗議の声を上げるけれど、もう行かなくてはいけないこともわかっている。
後ニ時間もすれば、悟は本社へ出勤しなくてはいけない。
私は、JRに乗って出張へ行かなくてはいけない。
何より。
ここは天下の往来で、ましてや本社まで徒歩二分の交差点。
まさか朝の六時に出勤する人はいないだろうけれど。
でも、こんな場所でこんな風に抱き合っている私たちは、間違いなくバカップルとして人の目に映っているのだろう。
風が冷たくなっているはずなのに。
悟の腕の中は温かくて、涙が出そうな程安心できる場所だった。
そんなことを考えている私に、悟が気付かなければいいと想っていた。
「……離したくねー」
悟の掠れた甘い声が、首筋にかかる。
言葉と共に寄せられた柔らかい感触に、私は背中をのけ反らせて離れた。
必死な私のその動きでも、悟はやっぱり腕を離してくれなかった。
悟の柔い髪が揺れていた。
私の方へ向かって。
「…っ!ちょっと!何してんの…っ!」
「うわー、拒否られた」
「弱いんだもん、首っ!」
「……へぇ、そう」
そう言ってもう一度唇を首に押し付ける。
そこだけ熱を持ったように熱くて、顔まで赤くなっているのを実感してしまった。
「……暁……」
声と共に落とされた唇は、三回目でやっと離れていった。
それと共にほどかれた腕の感触に、何かとてつもないものを失くした気分になってしまった。