それを愛と呼ぶのなら。【完】
私は、何かを考えたわけではなかった。
けれど立ち上がって、おもむろに入り口近くのクローゼットへ向かっていた。
タイミングよく、悟は今トイレに行っている。
私はカズさんに声をかけた。
「カズさん、ごめん。ちょっと千那に呼ばれちゃって…チェックしてくれる?」
「なんだよ、暁。もう帰るのか?」
「ほんとごめん!あと、呼びつけちゃったから、サトの分も払ってくから」
「マジメに?まぁ、呼び出しはしゃあねぇな」
「ありがと。お願い」
そう言ってテキパキと帰る準備をする。
スーツの上着を羽織って、自分と悟の分の会計を済ませる。
あからさまに慌てた様子の私を見て、スタッフのみんなはきょとんとしていたけれど、みんな快く送り出そうとしてくれていた。
私は、悟が戻ってくる前にここを出なくては、とそればかりが頭の中を巡っていた。
「…おい」
すぐ後ろから聞こえた声に、私は驚き過ぎて肩を揺らした。
聴いたことのない低い声で、いつもみたいに甘ったるい声じゃない。
知らない人の声が、すぐ後ろから聞こえてきた。
「…悟」
「何?帰んの?俺を呼び出しておいて?」
低く響く声に、私はただ怯えた。
怒っている、というよりも。
感情のないその声は、悟が何を考えているのかわからなくて怖かった。
「ごめん。千那が飲んでるって言うから、呼び出されちゃって」
怯えた表情を隠すように、悟に向かって笑顔を向ける。
その私の顔を見て、悟の眉間に大きな皺が刻まれた。
今度は見ただけでわかる。
悟の表情は、明らかに怒りを浮かべていた。