それを愛と呼ぶのなら。【完】
「カズさん、ごめん。俺も行くわ」
「おい悟。お前どうし―――」
「マジ、チェック」
有無を言わせない悟のこんな表情は初めてで。
いつもニコニコして穏やかな悟が、強張った雰囲気を惜しげもなく表に出す。
自分で自覚したのか、ふと我に返って『俺も呼び出しあってさ』と力なく笑った。
上手く笑えない様子がすぐにわかる笑い方で。
そんな悟に、カズさんでさえ何も言えなかった。
「悟の会計は、暁がしたから大丈夫だぞ」
「は…?」
訝しげな、どこか苛立ったような悟の声が、私に向かってくる。
今すぐに此処から逃げ出したいのに。
射抜いたような悟の目が、私を逃がしてはくれなかった。
「きゃっ…!!」
「いや、ほんとごめん。またゆっくり来るから」
「ちょ―――っ!サト…ッ!」
「カズさん、ご馳走様」
「おぅ…、気をつけてな。暁も、またな」
そんなカズさんの声なんてお構いなしに、悟は私の手を引いて店を出た。
お店を出てすぐ左にあるエレベーターに向かうもんだと思っていたのに、悟は右側に向かって私の腕を引いた。
「ちょっと、待って!ねぇ…、悟っ!」
いつもは必ず私の声に応えてくれるのに、悟はこちらを見向きもしなかった。
悟の熱い左手が、私の冷たい右手を強く握って離さない。
悟の後姿について行くと、いつもの悟の香りがした。
甘くて、どこか爽やかで。
悟の存在を主張するようなそれは。
吸い込む度に私を苦しくさせた。
目の前に、非常階段のドアが見える。
お店の出口から程近いそのドアは、少し歪んでいるが鏡になっている。
必死に悟の表情を見ようとしたけれど、その顔を見ることは出来なかった。