それを愛と呼ぶのなら。【完】
「何を、言って―――…」
「お前が」
私の言葉を遮って、悟は私の腕を引く。
その反動で思わず顔を上げると、十センチほどの距離しかない場所に悟の顔があった。
「…っ!」
あまりに近い距離に、私は思わず後退る。
けれど、非常階段の踊り場は狭い。
後ろに一歩下がった私は、すぐに壁にぶつかってしまった。
悟は、距離が開いた私に向かって一歩踏み出す。
その一歩が、どんな感情を連れてくるのか。
なんとなく気付いていた。
だから、その一歩を踏み出さないで欲しかった。
そのために、逃げ出したのに。
卑怯だとわかっていたけれど、そうすることが一番だと想ったのに。
それすら、させてくれないなんて。
悟の、馬鹿。
「お前が、俺を好きなことくらい知ってるよ」
悟の言った言葉の意味を、理解することが出来なかった。
今、なんて言った?
悟は、私に何を言った?
「認めろよ。俺のことが好きだ、って」
認める?
悟のことが好きだ、と?
認めてるけど。
それを、口に出せる訳ないじゃない。
何を、言ってるの?
この目の前の人は?
私は食い入るように悟を見つめていた。
その目の中に浮かぶ何かを見つけたくて、必死に漆黒の瞳を見つめていた。
悟の瞳は揺れていた。
強気な言葉とは裏腹の、不安を浮かべる瞳。
「悟、何言って―――」
「もう、誤魔化すなよ」
悟が悲痛な声で言う。
私を見つめる目は、何かを訴えるような目をしていて、目を逸らすことが出来なかった。
悟の手が、ぎゅっと私の手を握る。
その熱が、身体中を巡った気がした。