それを愛と呼ぶのなら。【完】
「…暁…?」
入口から聞こえた声に、はっとして振り向く。
その方向を向かなくてもわかるその声に、笑顔を向ける。
この人が、『そんな顔で笑うな』と言ってくれた、その顔で。
「久しぶり、悟」
「おぉ、久しぶり。元気だったか?」
「うん。サトは?」
「めっちゃ、忙しい。週明けはまた出張だ」
「相変わらずだね」
そんなことを言いながら、自分の分と千那のコートを取りだす。
入口は狭いので、クローゼットの扉を開けると人が通れない。
なので、必然的に私が悟を通せんぼしているカタチになってしまった。
「お前、もう帰るの?」
「うん」
「千那も一緒か?」
「そ。明日、結婚式だからタイムリミット」
私がそう言うと、悟は驚いた顔をした。
忙しさで忘れていたんだろう。
披露宴には仕事で参加出来ないだろうけれど、二次会には来てね、と念を押しておいたのに。
「サト、忘れてたでしょ?今の今まで」
私の言葉に動揺して、目をきょろきょろと泳がせる。
そういうとことが、馬鹿で正直なんだから、と想う。
憎めないヤツだな、と。
「ごめんね、通せんぼしちゃって」
「ほんとだよ。早くしろ。座りてぇ」
気ままで、口が悪くて。
ほんとは別に気にしてないくせに。
他に荷物がないかを確認して、クローゼットの扉に手をかける。
ちょっとコートが邪魔で閉めづらいな、と思っていると、悟がひょいとコートを取り上げてくれた。
さりげない優しさに嬉しくなって、悟に向って笑う。
そうすると、悟も柔らかく笑ってくれた。
この距離感で、いいじゃないか。
見つめて笑える距離で、充分じゃないか。