それを愛と呼ぶのなら。【完】
不意に、手首に温かい感覚が走った。
外から来た癖に、私よりもほんのり温かいその手。
いつもより冷たいけれど、確かに感じるぬくもり。
クローゼットの扉で仕切られたここは、まるで秘密の空間のようだった。
そこで、悟は私の手を掴まえた。
ぎゅっと。
「もう少し、いろよ」
「無理」
「一杯だけ、付き合え。俺にも祝わせろ」
そう言われると断りづらくなってしまい、じゃあ一杯だけ、と私が折れるハメになってしまった。
クローゼットの扉を閉めると、みんな悟が来たのに気付いたらしく、カズさんたちスタッフが一斉に声をかけた。
「悟!こんな時間まで仕事か?」
「いや、飲んでてそのまま来た」
「そっか。こっち座れよ。カウンター、がらがらなんだよ」
カズさんに促されてカウンターに席を用意される悟。
当然のその流れに、私は一人、千那の待っている席へと向かった。
「あぁ、カズさん。今、暁の荷物持ちだからちょっと待って」
そういえば悟に持たせていたな、と思い出して、後ろから一緒に来る悟の気配を感じていた。
「悟、久しぶり」
「久しぶりだな、千那。元気だったか?」
「相変わらずだよ。悟は忙しそうだね」
「まぁ、そうだね。仕方ない」
千那にコートを渡しながら悟が言う。
私は自分のコートを椅子にかけて、千那の目の前にもう一度座った。
千那は受け取ったコートの袖に手を通して、立ち上がったまま私を見下ろした。
「暁、準備しないの?」
「うん…、そうだね」
悟をちらりと見ると、目が笑っていない笑い方で私を見ていた。
意地の悪い笑い方をする悟は、カウンターに戻らず私たちの近くに立っていた。