それを愛と呼ぶのなら。【完】
悟の独特の香りが、私の鼻をくすぐる。
すやすや眠ってくれれば可愛いものを。
悟は深い眠りに落ちて私の胸に頬を寄せ、いびきをかいていた。
私は。
整髪料のついた悟の頭に頬を寄せて、すやすやと眠った。
時折、腰に伸びてくる腕に力が入ると軽く目を開けてしまったけれど。
そのぬくもりに安心して、また静かに夢の淵をさまよった。
私が右側。
悟が左側。
悟の右手は、私の太腿に置かれて離れることはなかった。
私の左手は、悟の頭や肩を抱き締めて、そのぬくもりを離す事を嫌がった。
私の右手と悟の左手は。
悟にかけられたスーツのジャケットの中で、静かに繋がれたままだった。
絡み合ったわけでもない。
ただ触れているに等しい、その手は。
私たちが出来る、唯一のふれあいだと知っていた。
絡まり合うことはない。
繋がることはない。
ましてや。
掴まえることなど、出来ない。
私たちの手と同じように。
私と悟の距離は、此処までが限界だったのだ。
この人の何を知っているだろう。
私が知っているこの人は、どこまでが本当のこの人だろう。
でも。
何も知らなくていいのかもしれない。
本当のこの人に触れたら。
本当のぬくもりを知ったとしたら。
自分の欲望を押し通して、周りを傷つけて。
自分のエゴだけで、自分だけの幸せを求めてしまったのだろう。
私には、そんな勇気がなかった。
私には、そんな未来を想像することが出来なかった。
ただ、それだけ。