それを愛と呼ぶのなら。【完】
どうして。
このタイミングで。
そんな素直な言葉を紡ぎ出すの?
顔を上げた悟は、いつもの顔でもなく、意地の悪い顔でもなかった。
ただ真剣に私の目を見上げて、私が何か言うのを待っていた。
時間が。
止まってしまえば、と。
想う自分は、やっぱり愚かで。
悟に返せる精一杯の言葉を探していた。
私の手を離すことなく立ち上がった悟は、その手を強く引き私を抱き締めた。
いつもの力で。
いつもの香りに包まれて。
いつもの息遣いで。
悟の存在を、今までにない程強く感じていた。
私は、手を伸ばす。
そして。
悟の、華奢に見えてしっかりとした背中を強く抱き締めた。
「…暁…」
悟の声が掠れる。
耳元に悟の呼吸を感じる。
このぬくもりを、私は知っている。
だって。
つい数時間前まで、ただ寄り添っていたぬくもりだから。
そっと深呼吸をして、目を瞑る。
こうして触れることで、悟の香りが移ってしまえばいいのに、と。
馬鹿なことを考えていた。
「悟」
そっと呼びかけた声に、悟が反応する。
抱き締める腕を緩めて、私の顔を覗き込む。
触れることのないこの距離が、私たちの限界だね。
来てくれてありがとう、と心から想う。
「ありがとう、悟」
「お前、それだけ?」
「それ以上に、何があると想ってたの?」
「『私も…』的なものはない訳?」
「言ってどうするの?正真正銘の花嫁なんだけど」
「ほんの少しの気持ちくらい、もらっても問題ねぇだろ」
そんな無茶苦茶な。
それに、気持ちなんて渡してあげない。
この人のこと。
とても、とても好きだから。