それを愛と呼ぶのなら。【完】
「悟のこと、大切だと想ってるよ」
「それなら――――」
「だから、言わない」
「…は?」
「それが、私の出来る精一杯だから」
そう言って、悟からそっと離れる。
遠くなった悟の匂いに、その癖のある香水が遠くなったことに悲しくなったけれど。
これでいいんだ、と自分に言い聞かせていた。
「最後まで見て行って。私の、進む場所を」
背中の窓からは、夕闇を待つ柔らかいオレンジ色の太陽が振り注ぐ。
きっとその優しい光は、私のドレスに反射してとても綺麗な色になっているだろう。
悟が、そんな私を見つめている。
瞬きをしない、黒縁眼鏡の奥の真っ黒な瞳で。
私の笑顔を見つめている。
きっと柔らかい。
そして、温かい。
これ以上ない程、幸せな顔をしているであろう、笑顔を。
「…だから、嫌だったんだよ」
悟は恨めしそうに私に向って言った。
一歩だけ離れたその距離を簡単に縮めながら。
「そんな顔されたら、どうしようもねーじゃねぇか。…馬鹿、暁」
その言葉と一緒に、悟の腕が私を包む。
折角離れたのに。
抱き締めたりしないでよ。
優しく、壊れものを扱うように悟は私に触れる。
ふんわりと。
今までにしたことのない、やり方で。
そして、少しずつ力を込める。
いつもの強さに、やっぱり胸が苦しくなるけれど。
悟の香りが近付く度に、何度でも泣きたくなるけれど。
知っていた。
これが、最後だって。
「…幸せに」
「…悟も…」
そう言って、初めての時と同じように。
触れるだけのキスをして、腕に力を込めて。
そっと私の頬に触れて、悟は部屋から出て行った。
忘れることの出来ない、残り香を充満させて。