無機質な恋模様
彼と対峙する瞬間はいつも少しだけ、通常時よりも胸の鼓動が速くなる。
万が一不手際があった場合に、その場に足止めをされ、周りから好奇の目を向けられる事になるから、そういったプレッシャーに対する体の変化なのだろう。
だけど最近、それだけが理由ではないのではないかと思い始めていて…。
『おはようございます。どうぞ、お通り下さい』
しかし私の心配をよそに、彼は今日もすんなりと、とても穏やかに紳士的に迎え入れてくれたのだった。
心底ホッとしながらその傍らを通り過ぎる。
私の勤めるここ、『小幡製薬株式会社』は、研究開発が行われているセクションがあることから、かなり厳重なセキュリティーが導入されていた。
エントランスに入ってすぐ右手に受付カウンターがあり、そこからエレベーターホールへと向かう途中に、三ヶ所に分かれて門番が待ち構えている。
そして出入りする人間を一人一人チェックし、結果を記録しておくのだ。
しかし私は三体存在する門番のうち、いつもついつい、エントランス側から見て左端に佇む彼の元へと向かってしまう。
前に何人か人がいても、他の場所には移動せず、頑なに順番を待ち、彼にチェックをお願いするのだ。
まぁ、そこが一番エレベーターに近く、動線を考えた場合に効率的だからなんだけど。