無機質な恋模様
「じゃあ今、担当者を呼びますから」


彼がそう言いつつ歩き出した所で、未練がましくもう一度社員証を翳してみた。


ガタッ。


「あ」
「あれ?」


目を見開きながら警備員さんが足を止め、言葉を発する。


「ちゃんと許可されましたね」
「は、はい」


門番の彼の前を慌てて通過しながら返答した。


「きっと見せる角度が悪かったんだと思います。お騒がせしました」
「いえいえ、解決して何より」


爽やかな笑顔で答えてくれた警備員さんが持ち場へと戻る姿を見送ったあと、私は彼に視線を向け、小さく呟いた。


「…ひどいわ」
『申し訳ないです』


真摯なその謝罪を拒絶するように、私は勢い良く踵を返すと玄関に向かって歩き出す。


これで目当ての電車に乗り遅れるのは確定だ。

その後のバスの時間もずれ込んでしまうし、番組開始には到底間に合わないだろう。

めったにテレビに出ない、貴重なエリカの勇姿を見逃してしまうかもしれないのはもちろん悔しいけれど、胸の中に渦巻いている憤りはそれが主体ではなかった。

彼には私の気持ちはお見通しだと思っていたのに。

今まではとても優しく接してくれていたというのに。

よりにもよって大切な目的がある日に邪魔をされてしまったというのがとてつもなくショックだった。
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