無機質な恋模様
社に戻り、玄関付近から自動ドア越しに彼を見つめた。

至近距離で話しかけていては周りの人に不審がられると思ったからだ。

私の気配に気付いたらしく、彼がこちらにキラリと視線を動かした。


「…よく、あんな事故が起こるって、分かったわね」
『私にはここを通過する人々から様々な情報が入って来ますから』


思った通り、距離があっても脳内で会話は成立した。


『それらを繋ぎ合わせ、過去にあった出来事と照合し、あの未来を予想したのです』
「すごい…」
『いえ。『すごく』などありません。ただの統計学ですから』

ふっ、と微笑んでから彼は続けた。

『そして私の能力には限界がある。あなたをいついかなる時もお守りする事などできないのですから。どうか常日頃から充分にお気をつけて』

「…ええ」

私も笑みを返しながら答えた。


「ありがとう」

ああ。
やっぱり、間違いない。

1日の中でほんの数秒、関わるだけの存在なのに。
ただその傍らを通り過ぎるだけなのに。


……血の通わぬ、無機質なセキュリティーゲートなのに。


私の心の中はいつの間にか、彼への思いで満たされていた。

この胸の内は絶対に誰にも秘密だけれど。

それはとても甘く切なく、まるで恋でもしているかのような感情だった。
< 21 / 54 >

この作品をシェア

pagetop