イケメン部長と(仮)新婚ライフ!?
『……それはどっちかが少し妥協するしかないんじゃねーの?』


おそらく多くの人が思うであろう意見を俺が口にすると、桐絵は小さく頷きながら、力無い声で言う。


『私もそう思って別の仕事探してるけど……転職した後のことを考えると、なんか全部が虚しくなりそうで』


もしもレストランの仕事を辞めて、責任もあまりなく、時間が取れるパートになったら。

ひとりで兄貴の帰りを待つ時間が増え、料理以外にのめり込めるような趣味もない自分には、色褪せたような日々を送ることになるのではないか。

そんなふうに考えてしまい、なかなか踏ん切りがつかないのだと、桐絵は打ち明けた。

その気持ちはわからなくない。彼女は、“自分が作った料理でたくさんの人を笑顔にしたい。それが生きがいなの”と言うくらい、仕事に誇りを持っていたから。


だがきっと、一緒に生きていくためには、お互いの気持ちを汲み取る必要があるだろう。自分の意志だけ尊重するわけにはいかない。

それも覚悟の上で結婚したんじゃねぇのかよ、と叱咤したくなっていた、その時。


『零士くんは、私の好きなようにさせてくれてたのにね。もしあのまま付き合ってたら、今頃は──』


そんな身勝手な言葉が聞こえてきて、何かが自分の中でぷつりと切れたような感覚がした。

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