ゆえん
「昨日はごめん。私、勘違いしていたみたいで」
理紗が深々と頭を下げたので、英明は面食らっている。
周りの客たちの注目を浴びていることも気にしないのか、彼女の声は妙にハイトーンで店内に響いていた。
「いや、いいから、頭上げてくんない」
小さな声で英明が言うと、理紗は顔を上げて不自然に微笑み、今にも涙が零れそうなほど瞳を潤ませていた。
それが次の瞬間には無表情になり、今度は冷ややかな笑みを浮かべた。
「じゃあ、なかったことにして。わたしたち」
「……なかったことって、え?」
「全部、なかったことに」
そこまで言うと踵を返し、自分が飲んでいたカフェオレのカップを持って冬真のほうに近付いてきた。
「ご馳走様」
視線でカップの置き場所を確認するかのように首を傾げた。
「ありがとうございました」
食器返却口は店内右の奥にあるのだが、冬真はカップを受け取った。
周りの視線を一身に浴びながらも、理紗は背筋を伸ばして廊下に向かっていく。
呆気にとられていた英明の背中を、友人の大学生たちがニヤニヤとしながら交互に叩いていた。
理紗は廊下に出ると、縦長の窓からスタジオ内を覗いていた。
五時からスタジオ内で高校生バンドのメンバーが練習をしていた。
その中で中性的な顔立ちをしているヴォーカルの少年を理紗はじっと見つめていた。
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