ゆえん
朝起きると、既に冬真さんが食事を用意してくれていた。
「今日は少し早めに店に行って、下準備をして来るよ。木下はいつも通りの時間に出勤してくれればいい。マユを連れて店に来てくれ」
「はい」
「キノシタってだあれ?」
マユが不思議そうに首を傾げている。
「ああ、ごめん。リサのことだよ。違う人かと思うよな」
「リサか」
人差し指を私に向けて、マユは笑う。
起きた時には何度か「ママ、ママはどこ?」と半べそをかいていたが、今は諦めたのか笑っている。
その笑顔は子供なりに冬真さんや私に対して気を遣っているのかもしれないとも思えた。
「マユとリサがお店に来たら、トウマは買い物に行ってくる。マユは何歳かな?」
マユは指を三本立てて「あのね、もうすぐさんちゃい」と言った。
「そうか。誕生日が近いのか。いつだろう?」
冬真さんが私の顔を見たが、私だって知らない。
首を左右に振ると冬真さんは小さくため息を吐いて、マユに視線を戻した。
「じゃあ、トウマがマユの服も買ってくるから、楽しみに待っててな」
「うん。マユ、おもちゃがほしい」
「そうか、何がいい?」
「ごはん、つくるの」
冬真さんは私に視線を向けて(何?)と確認したそうな表情をした。
咄嗟に思いついたものを言ってみる。
「たぶん、ままごとセットみたいなものかと」
「なるほど、分かった。じゃあ行ってくる」
「あ、あの、いってらっしゃい」
冬真さんは明るい笑顔を見せて、マユの頭を撫でた後、玄関を出て行った。
なんと心地好いのだろう。
「行ってくる」に「いってらっしゃい」と返せる幸せを私は初めて経験したように思う。
でもこれはある意味期間限定の家族ごっこのようなものだ。
いつかマユの母親である美穂子が戻ってくるかもしれない。
本当に葉山浩介との子どもだったら、葉山浩介が引き取る可能性だってある。
分かっているのは、冬真さんとマユと私は、何の関係もない他人同士ということだ。