ゆえん
Ⅲ-Ⅷ
珍しく、閉店時間まで葉山夫妻が『You‐en』の店内にいた。
マユと浩介さんが遊んでいる。
浩介さんも冬真さんと同じように幼い子供の扱いが上手かった。
客が居なくなってから浩介さんは楓さんに「この子のこと、どう思う?」と訊ねた。
「とても可愛いって思う」
楓はマユを見て微笑んでいる。
「じゃあ、これはどう思う?」
浩介さんはポケットから、紙切れを出した。
美穂子の残したメモである。
私は固唾を飲んで楓の反応を窺った。
楓は一瞬驚いたように表情を変えたが、またもとの笑みを浮かべ、浩介さんを見た。
「もし、浩介の血を引く子供なら、これ以上に嬉しいことはないよ」
楓の答えが信じられなかった。
どうしてそんなことが言えるのか。
ただの偽善者なのか。
浩介さんを愛していないのか。
きっと私の表情にそう思ったことが出ていたのだろう。
冬真さんが私の肩を叩き、厨房を指差した。
冬真さんと二人で厨房に入る。
「すごいよな、楓さんは」と言って、冬真さんは私の作ったスープの味見をした。
「うん、美味しいよ。コレ」
「まだ試作ですけど」
素直に「美味しい」の言葉が嬉しかった。