ゆえん
冬真さんの家に着いたが、浩介さんが楓を迎えに来ることを知っているのに、楓を家に上げないわけにもいかないと思い、私は一人になりたい気持ちを堪え、楓に「どうぞ」とコーヒーを出した。
楓は家の中を見回して、驚いたようだった。
冬真さんが買ってきたマユの小さな服が干してあり、冬真さんが買ったおもちゃや本もリビングにはあった。
たった数日でこの家はずいぶん変わっていたのだ。
流し台には、今朝家を出る直前に、マユが水を欲しがって使ったコップも置いてあった。
それを見ただけで心がキュッとなる。
楓と私は、ソファーに座り、無言でコーヒーを飲んでいた。
泣き過ぎたせいで、私の瞼は重く、痛かった。
こんなに泣いたのはいつ以来だろう。
一年ほど前に冬真さんに自分の罪を告白した時だったことを私は思い出していた。
その前に大泣きしたのはいつだったか。
覚えているのは、修ちゃんが菜穂と居なくなったことを知った時に泣き明かしたこと。
やっと泣き止んで鏡を見たとき、自分の顔の酷さにまた泣けてきたことを思い出した。
今もきっと酷い顔をしているのだろう。
少しずつ眠気が襲ってくる中で、楓が傍に居ても眠くなっている自分を不思議に感じた。
きっと私は楓が菜穂とは違う種類の『年上の女』だともう分かっているのだ。
楓は本当にお節介で、心優しい人なのだと認め始めているのだ。
五年前の事故の時、翌日の新聞に掲載されていた事故の記事を読んで、怖くて泣いた。
『You‐en』に働きに来た初日も泣きそうになったことを思い出した。
今思うと、泣いた時以外の私の人生の記憶は薄い。
瞼の重さに負けて、私は静かに目を閉じた。
部屋の中はとても静かで、楓がコーヒーを飲んでいる音だけが耳に入ってくるようだった。