ゆえん
Ⅲ-Ⅸ
どれくらい経ったのだろう。
重い瞼を開けた時には、自分の体の上に上着のようなものが掛けてあることに気付いた。
隣を見ると楓の姿は既になく、キッチンに立っている冬真さんの背中が見えた。
びっくりしてソファーから立ち上がると、冬真さんが気付いて振り返った。
「あ、すみません。寝ていたみたいで」
「慣れないところでの生活だったから、疲れているんだな。何か飲む?」
冬真さんはマグカップを持ち上げて見せた。
「自分でやります」
「ココアで良ければ、俺も飲むから」
「あ、はい。すみません」
手際よく、冬真さんはココアを作っている。
いつも冬真さんの所作に感動する。
長い指がスプーンを持っているだけでも美しくて、視線を外せなくなる。
そんな人は今まで私が出会ってきた男たちの中には居なかった。
もしかしたら、居たのかもしれない。
ただ私が気にも留めなかっただけかもしれないけれど。
「はい」
冬真さんはマグカップを持ってきてくれて、一つを私に差し出した。
「ありがとうございます」
私の隣に冬真さんが腰を下ろす。
二人で並んでこのソファーに座るのは初めてだった。
右腕が緊張してしまう。