ゆえん
「また濡れているじゃない。風邪ひくよ。ほら、タオル」
心が迷子になる雨の日に、楓がいつもより早く、『You‐en』に来てくれることをに、冬真は気付いていた。
『You‐en』がオープンした頃、自分ではほとんど無意識に、傘を持たずに雨空を眺めていたことがしばらく続いていたらしく、楓は姉か母親のように冬真の体を案じて早く来るのだ。
そして、何も考えられないままでいると、看板に添える一言をくれる。
「キミとそろえたいモノ、なんてどう?」
口角を上げて、冬真の顔を覗き込む。
そういう時の冬真は大抵何も言葉を返さないまま頷き、楓の言葉のままを書く。
言葉からイメージして、今日は長靴の絵を描いた。
紺色の長靴と、淡いピンクの長靴は互いのつま先をくっ付けている。
これを履いている男女は額同士を合わせているのか、キスをしているのか、向かい合って微笑み合っているのだろうか。
自分で描きながら冬真は遠い雨の日を思い出していた。