ゆえん
『Rai』の入り口で沙世子がピンクの傘をさして待っていてくれたことがあった。
店から出てきた冬真を傘に入れて沙世子が楽しそうに笑っていた。
「ん? 何、どうしたの?」
沙世子があまりにも楽しそうなので冬真が訊いた。
「私と一緒の時じゃないと、この傘使えないね。冬真はピンクとか、無理でしょ」
「自分ひとりで、この傘しかなかったら、濡れて帰るよ」
ぱっと傘から飛び出し、雨の中を振り返って、冬真は沙世子に向かって舌を出して見せた。
慌てて沙世子が傘を持つ手を伸ばし、冬真を傘の下に入れる。
互いの靴のつま先が当たって、冬真は沙世子の頬に一瞬だけのキスをした。
そして沙世子の右手から傘を取り、並んで歩いた日が蘇っていた。