ゆえん
一ヵ月半ぶりくらいに『You‐en』に理紗が来た。
明るい色なった長い髪で、華やかな雰囲気になった彼女は、店内にいる学生たちの視線など気にもしていないようにまっすぐカウンターに向かってくる。
理紗の姿を見て、冬真は複雑だった。
理紗は会わないうちにどんどん沙世子に近くなってくるように思えた。
「なんで来るかな」
以前と同じく、カフェオレを注文した理紗の背後から女性の非難の声が聞こえた。
声の主は大学生に見える。
理紗はちらっと背後を見て肩を竦めた後、カフェオレを受け取り、いつもの席に向かう。
飲み終える頃、Bスタジオのドアが開き、そこからは大学生バンドのヴォーカルをしている滝本という男が理紗の元に歩いてきた。
「滝本くん」
先ほどの声の主とは思えないほど、気弱な声で女子大生は滝本の名を呼んだ。
振り返った滝本は驚いたようだったが、その女子大生の腕を掴み、理紗の場所から遠ざける。
小声で何かを言った後、女子大生は納得いかないというような表情で理紗を睨みつけ、そして滝本の頬に平手打ちをし、走り去っていった。
「……いってぇ」
頬を擦りながら滝本は理紗の席のほうに歩み寄り、理紗の手を握る。
「出よう」
滝本に言われ、立ち上がった理紗はカップを手に取ろうとしたが、滝本に引っ張られカップを掴み損ねた。
その視線が冬真に向き、何かを言うように口を開いたまま、彼女は滝本と共に出て行った。
視線だけを残し遠ざかるその姿は、冬真に何かを訴えているようにも見えた。
「すごいよねえ」
「修羅場っぽい」
周りのひそひそ声の中を、冬真は理紗が残していったカップを取りに行った。
手にした瞬間、理紗の瞳が浮かんできて、冬真は胃の上のほうがちくりと痛んだ気がした。
不愉快ではあったが、不愉快になるのはおかしい。
彼女が沙世子に似ているからだ。
沙世子が連れて行かれたような錯覚をしてしまったからだと冬真は思った。