ゆえん
Ⅰ-Ⅵ
*
いつもより一時間早く、冬真は店に出勤した。
誰もいない静かな店内で、一通り準備を済ませた後、ふとBスタジオに足を踏み入れた。
ドラムセットの前に座り、置いてあったスティックを握る。
小さくリズムを叩きながら懐かしい感覚を取り戻していく。
そういえば最近全然叩いてなかったな。
刻んでいくリズムが心の中を晴らしていくように爽快だった。
段々と全身の動きが早くなっていき、いつしか夢中になって叩いていた。
手を止めたのは、窓越しに浩介が見ていることに気付いてからだった。冬真が手を止めたのを見て浩介が中に入ってきた。
「またやればいいのに。メンバーならいくらでも探してやるぞ」
「いや、もうかなり感が鈍ってるんで、前のようには叩けないっすよ。昨日は、遅くに呼びつけてすいません」
「いや、あのコのことは楓も気にしていたから」
「そうみたいですね。楓さんから聞いたことがあります」
「こっちでも揉めたみたいだな」
「こっちでもってことは、『Rai』でも、ですか」
「そうなることを望んでいるようなところがある、って感じだな。見ていると危なっかしくて、何とかしてやりたくなる」
自分の顎先を擦りながら浩介は苦笑いしていた。
この人は懐が深い。
そして人というものをよく見ている。
だからこそ心に染み入る曲を作り出せるのだろう。
冬真はしみじみと感じていた。
そんな浩介からの誘いだったからこそ、自分もこの仕事を引き受けたし、今ここで、人間らしく生活をしていられるのだ。
「それでさ、ちょっと気になることがあるんだが」
「なんですか」