ゆえん
決行は理紗の誕生日に決めていた。
いい口実になる。
理紗の誕生日には休みを取り、理紗の欲しいものを買ってあげたいから、理紗とショッピングに行く約束をしたと夫や姑に告げた。
理紗には「修二君から伝言だけど」と、嘘の待ち合わせを伝えた。
修二にも同様に伝え、違う場所で待たせる。
修二との待ち合わせ場所には菜穂が行った。
もう自分の想いを犠牲にしたくない。
菜穂は本気でそう思った。
待ち合わせの場所に来た菜穂を見て、修二は驚くどころか感動しているように見えた。
「菜穂さんが来る気がしてた。そう念じてたんだ」
周りの目も気にせずに修二は菜穂を抱き締めた。
互いに押さえていた感情が激しく交わり溶け合い、菜穂の望み通り、このまま二人でどこかへ逃げることをその青年は選んだ。
理紗は自分の誕生日に三時間の待ちぼうけをした後、雨の中一人自宅へ戻ったのだ。
慕い続けた菜穂に騙され、大好きな人を奪われる、理紗にとって最悪の誕生日となるだろうと菜穂は思った。
でも迷わなかった。
理紗は自分の十六歳の誕生日以来、修二と連絡が取れなくなり、同時に菜穂が家を出ていたことを知った。
菜穂の夫が出した捜索願はすぐに取り消されることになった。
菜穂は家を出た翌日に自分の父にだけ連絡をしていたのだ。
「全てのきっかけはお父さんにある。お父さんが私をこういう人間にしていったの」
淡々と菜穂は父親に告げた。
「……自分の意思でしたことならもう二度と戻ってくるな」
菜穂の父は電話を切って、菜穂の夫に事実をそのまま伝えた。
「最近、お隣さんのお嫁さんを見ないなぁと思っていたら、若い男の人と出て行っちゃったらしいのよ。大学生とだって。すごいわよねぇ。図書館にも来てないでしょう? 理紗は知ってたの?」
理紗は自分の母親から、世間話として二人のことを耳にすることになったのだ。