ニコル
過去
 浩二達は暗い給食準備室に固まって体育座りをしていた。
 もう、誰も、何も話す事はなかった。
 静かに、静かに助けが来るのを待ち続けた。それは息苦しい時間だった。生徒達に限界が来るもの時間の問題だと思えた。
 「なぁ、みんな。先生の恋話、聞きたくないか?」
 そう浩二が口に出すと一斉に生徒達が浩二の方を見た。浩二は少しでも、生徒達の気持ちを和らげようと、わざと興味ありそうな話を振ってみた。その考えは的中した。
 ある生徒は身を乗り出し、ある生徒は目を輝かし、少しだけれども元気になっていくのが感じられた。
 「どんな?どんな?」
 「と言うか、先生に彼女なんかいたの?」
 「そうそう、先生みたいな格好悪い人、私だったら彼氏にしたくないもん。」
 生徒達は言いたい放題だった。浩二はそんな風に言う生徒達の顔を、ひとりずつ確認するように見ながら、さらにおちゃらけて見せた。
 「馬鹿だな。先生はこれでも昔はめちゃくちゃモテたんだぞ。」
 「バレンタインのチョコなんか、クラスの女子全員からもらったりしてな。」
 ここまで来ると、完全に浩二のペースだった。
 「またまた、嘘ばっかり言って。先生、無理しなくていいよ。」
 「そうだよ。そうだよ。」
 ノリノリで、浩二にツッコミを入れてきた。
 「嘘じゃないぞ。先生は、アメリカの人とも付き合った事あるんだからな。いわゆる国際派だ。」
 生徒達は声をあげて笑い出した。さっきまでの気が狂いそうな静けさはどこかに消えていった。
 そんな話をしながらおちゃらけていると、浩二の中にボニーとの思い出がどんどんと溢れ始めていた。
 ―――ボニーと結婚したらとか、そんな話をしたなぁ。子供の名前は何にしようとか。なんて、名前にしようとか話したっけ?
 まるで、カメラのピントが合うかのように、浩二の記憶の向こう側がはっきりした。
 ―――ふたりで話した名前・・・。ニコル・・・。
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