キミのコドウがきこえる。

そんなこと分かっていたけれど……私は何よりも一番「行けなくてごめんな」って、そう言って欲しかったのに……。

あの日から、憧れだったお父さんは、私が苦手な人へと変わってしまった。

家族写真の隣に飾られている、若いころのお父さん。

お父さんは、音羽町のシンボルのような人だった。

『音羽町の大太鼓に和成(かずなり)あり』と言われたお父さん。

さらしを巻いて汗をかきながら、大太鼓を叩く写真の中のお父さんは、とっても格好良くて、子どもの頃からの憧れで。

あの時の私は、大太鼓を叩けたらお父さんに近づけると心の底から思っていた。



***



5月のゴールデンウイークももうすぐな4月の末。

都会ではこの時期、スプリングコートはいらないくらいの気温になるけれど、音羽町の夜はスプリングコートじゃ足りないくらい冷える。

海が近いから、海風がふいてくるのだが、これがひんやりとしてさらに寒さが増す。

黒のスキニーパンツに春用のクリーム色のニットを着て、チェックのロングカーディガンを羽織って外に出た。

出たときはちょっぴり寒さを感じたが、歩いているうちにぽかぽか体が温まってきて丁度良い感じになった。


久しぶりに見る音羽の町並みはずいぶんと変わっていて、もともとあった居酒屋は、今どきのスポーツバーに姿を変えていたり、大きなチェーン店の薬局ができていたりしていた。

でも、変わっていないところも確かにあって、小学校の下校の時間に合わせて良い匂いをただよわせるおかずやさんの「さっちゃん」とか、新鮮な音羽の海で取れた魚介を安く売っている魚屋さんとか、いつも、色とりどりのチューリップで埋め尽くされている白い小さな家の庭なんかはそのままだった。


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