イジワルな初恋
「なに?どうしたの?」

「俺の担当する鞄、移転した時に残すリストを店長に見せたんですけど、ため息つかれちゃいました。で、無言で返されました」

ため息ね。あの店長がやりそうなことだわ。

三十五歳独身男性の平井(ひらい)店長は、私と同じ一年前に店長として配属されたけど、異動前は多数のブランドを取り揃えた腕時計専門のセレクトショップの店長だった。時計と比べて、多分今の店を下に見てるんだと思う。

時計も雑貨も化粧品も、うちの会社の出す店舗はどれも素敵だと私は思ってるから、時々レジに立ったり店の中をウロウロするだけの店長を、私はあまり良く思っていない。もちろん態度には出さないけど。


「リストを作り直せってことですよね、きっと」

「まーそうだろうね。でも、うちの店の鞄のことは誰よりも広野君が一番知ってるし、どんな商品が求められてるのかも分かってるでしょ?」

「そのつもりです。うちの鞄が大好きなんで」

「だったらいいじゃん。店長がなに言おうが、自分の意見簡単に曲げちゃ駄目だよ」

そのとき、さっきの優菜ちゃんの言葉が頭を過った。

「事業部の人がこれから手伝いに顔出す機会が増えるみたいだから、そのときちょっと相談してみたら?鏡部長なら商品のことも詳しいし」

「そうなんですね。はい、そうしてみます」

少しスッキリしたのか、広野くんは大好きな鞄の発注業務へ戻っていった。


その後店長が店に戻ってきたのは十七時。それまでなにをしていたのか知らないけど、私に『このアクセサリー誰が買うんだろうな』、なんて嫌味を吐き捨てて早番の上がり時間十八時きっかりに帰って行った。


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