さよならは言わない
「孫をこの手に抱けなくてとてもショックだったよ」
この人も尊と同じ瞳で同じことを言っている。
きっと、このセリフは嘘でも何でもなく本当に美香を失った悲しみを正直に伝えているのだと思った。
「とても可愛い子でした。大きな産声でとても女の子とは思えない元気良さがあったのに生後7日でなくなりました」
「それは早すぎる死だ。何が原因だったんだね?」
「突然死です。乳幼児に良く見られるものだそうです」
社長は早すぎる孫の死に言葉を失っていたようで暫く言葉が出てこなかった。
静まり返っていた社長室だったが、いきなりドアが開き廊下の騒々しさが聞こえて来た。
ドアの方を振り返ってみるとそこには尊の姿があった。
ドアを閉めると尊はかなり顔を歪ませていて私の隣へと腰を下ろした。
「尊、どうしたの?」
「どうしたもこうしたもない。岩下が君を社長室へ連れて行ったと森田に聞いたんだ」
私が岩下さんに連れて行かれた時、森田さんはかなり困惑した顔をしていたから、きっと、尊に報告に行ったんだわ。
「尊、何故、彼女とその娘の存在を私に話してくれなかったんだ?」
「やっぱり知ってたのか……」
尊は頭を抱え込むと大きな溜息をついていたが、ソファーに深く腰掛け社長を見ると私の肩を抱き寄せた。
何をするのかと驚いていると更に尊は驚くことを話し出した。
「俺は、絵里と結婚するつもりです」
私は聞き間違いをしたのかと尊の顔を見てしまった。