さよならは言わない

「3時の休憩ですよ。かなり根積めて仕事をさせたので休憩してたんです。専務こそお忍びデートですか?」


お忍びデート?  
じゃあこの女は尊の新しい恋人?

見るからに私より年下のとても綺麗な女性だ。

長身の尊とはお似合いの彼女もまた長身でとてもスレンダーだ。

だけど、色気があってとても艶やかな人だ。きっと、尊に夜毎愛されているのだろうと思うと心がチクリと痛みだす。


「森田さん、先にデスクに戻りますね」

「派遣社員には3時の休憩はなかったはずだが」

「あ、俺が無理に誘ったんですよ。遅くまで残業させてるのでこれくらいは大目に見て下さいよ」


森田さんは一応私を庇ってはくれたけれど、尊の歪んだ表情を見るとそれすらも私には許されないようだ。


「明日からは気を付けます。申し訳ありませんでした」


急いで自販機コーナーから出ていこうとした。

尊と女の横を足早に歩いていく。

横を通り過ぎようとしたら綺麗な彼女は尊の腕に抱き着いた。

いかにも二人は親密だと思わせるような態度を見せつけられ私はまた心が泣きそうになる。

だけど、過去は振り返らないと決めたのだから、こんな尊と女の姿を見ても涙は流さない。


胸は苦しいけど、でも、この苦しみも直ぐに治まる。

私はもう大丈夫。

尊は過去の男なのだから、もう、過去は振り返らない。



尊にこれ以上愚かな女だと思われるのも癪だ。

いつまでも昔の男に振り回されるのも癪だ。

私は生まれ変わるのだから。


だから、自販機コーナーの方を振り返り、森田さんにとびっきりの笑顔を向けて私は言う。


「今夜の食事楽しみにしていますから!」


今までにないくらいの、尊にも見せたことのない笑顔で明るく言い放った。


「笹岡、楽しみにしてるよ」


笑顔で応えてくれた森田さんに感謝して私は自分のデスクへと戻って行く。

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