さよならは言わない
尊には新しい恋人がいる。当然のことだわ。
私と別れたのは随分昔の話だから。その後に何人の女の人と付き合って来たことか。
当たり前の事をショックに思うことはない。
私には私の恋があるのだから。
森田さんはただの派遣先の上司に過ぎないけれど、一緒に話していて楽しい人だとは感じた。
だから、食事の誘いを受けたいと思ったし誘ってくれて嬉しかった。
尊を本気で忘れるには私にも異性との時間が必要なのだと分かったから、だから、もっとたくさんの男性とお付き合いするしこんな風に食事へも一緒に行く。
私も変わる必要があるのだと気付かされた。
ハードな仕事だけど、今日は歓迎会を兼ねた食事へ行くからといつもよりは時間を早めに切り上げて帰ることに。
「武田、お前の仕事はもう終わったのか?」
「終わりましたよ。これから食事に行くんでしょ?」
森田さんは、仕事を終え帰り支度を始めた友美の腕を引っ張って廊下へと出て行った。
仕事の鬼と言われた森田さんが早めに仕事を切り上げるのが珍しい上に、他の社員ともあまり関わりを持とうとしない森田さんの飲み会発言も珍しく、友美はそんな森田さんに少し疑惑を抱いた。
「武田、悪いが今回は笹岡と二人で飲みに行く。だから、お前は遠慮してくれないか?」
「何故ですか? 業務時間外にまさか仕事が絡んではいませんよね?」
「いや、そうじゃないんだが。個人的にちょっとな……」
友美の顔を見ていた森田さんの目が完全に泳いでしまうと、友美は私を守ろうと森田さんの申し出を断った。
「何も疚しい事をしようとか思っていないからな」
「絵里は過去に辛い思いをしているんですよ。だから、絵里を傷つけるようなことは私が許さない」
「辛い過去?」
友美の真剣な表情に森田さんは少し躊躇していた。
「傷つけるようなことは絶対にしない。これから契約期間終了までは一緒に仕事をする必要があるんだ。俺もそこまではバカじゃないよ」
友美は少し考えていたけれど二人で行くかどうかは私の判断に任せると話していた。