さよならは言わない
新しい感覚
「笹岡はここへ来る前もやっぱり派遣の仕事をしていたのか?」
「私は派遣専門で仕事をしているの」
「正社員になれそうなのに、派遣社員を選ぶのには何か理由があるのか?」
普通は誰もが正社員の道を選ぶのだと思う。
だけど、私は短期間で働くのが精一杯。長期間の仕事にはまだ自信がないから。
森田さんは食事に行くと言いながらも歩き続けるだけで、どこへ行こうとしているのか私には分からなくて足を止めた。
「ごめん、嫌な事聞こうとしていた?」
「そんなことないけど、どこへ食べに行くんですか? ファミレス? 居酒屋? それともどこかのラウンジ?」
止めた私の足に合わせるかのように森田さんも歩く足を止めた。
暫く、歩道で二人向かい合って顔を見ていた。まるで、見つめ合うかのように。
そんな私達の隣の車道を、江島さんを助手席に乗せた尊が通って行った。
私は尊の車に気づく事はなかった。
だけど、尊は私達に気付いていたようだ。
「今の、森田さんと派遣の人よ。良い雰囲気だったわ。もしかしたら、明日は同じ服を来て出社するのかしら?」
「煩いぞ」
「興味ないの?」
尊は騒々しい江島さんの話など聞いていなかった。完全に無視された江島さんは剥れた顔をしていた。
「笹岡は何を食べたい? 希望があればそこへ行くよ」
「どこでも良いです。私、日頃とても質素な生活しているから、きっと、どこへ行っても何が出てきてもご馳走だと驚くと思いますよ」
「質素って? まさか、外食しない派?」
「まあ、そんなものです」
「じゃあ、材料買って俺のアパートで焼肉でもする?」
まるであどけない男の子のような顔をして言う森田さんを見て、普通なら大人の男性の部屋へ上がり込むのを躊躇するところ、異性も危機感も何も感じさせない不思議な感覚に思わず笑ってしまった。