さよならは言わない
いよいよ(株)松崎へ挨拶へ行く日がやって来た。
勤務前に一度派遣会社の営業担当の田中さんと一緒に挨拶に行くことになっている。
顔合わせの他に勤務開始日や就業時間などの確認を行うものでこの日は少し緊張する日になる。
事前に履歴書は送付され派遣先の会社は私を派遣社員として受け入れてくれることになっているが、挨拶へ出向いた時に契約内容の変更があったり派遣先との折り合いがつかなくて雇用契約を取り消したりという事も稀に起きる。
だから、最終的に私の仕事が確定するのは挨拶の後だといつもそう思っている。
派遣先への挨拶は一種の面接みたいなものだ。
服装や身なりにも注意を払い派遣先の会社に良い印象を与える必要がある。
その為にも営業担当の田中さんは服装チェックも厳しくしている。
乱れた服装や勤務するには相応しくない派手な色合いの服や持ち物が無いかのチェックを必ず行う。
「笹岡さんはいつもOKね。黒で統一されていて清潔感もあっていいわ。それから派遣先での印象も問題ないわ」
「田中さんのチェックでOKもらえるように毎回かなり緊張しながら服装を決めてますからね」
「あら、そうなの? 貴方の服装は毎回模範的な服装だから安心していられるわ」
田中さんの異常なまでの服装チェックを嫌う人もいるけれど、私はこのチェックがあるから逆に安心して挨拶に挑める。
さあ、いよいよ、私を捨てたあの男、松崎尊(まつざき たける)の会社へ乗り込むわ。
尊と会っても私は絶対に動揺しない。
何があろうとも、私には、もう関係のない人だから。
私はここへは派遣社員として勤務する為に来ているのだから。
なのに、挨拶へ行くことになっている人事部へと行くとそこには何故か尊の姿があった。
尊の姿を見ても私は動揺しないし何も感じないと思っていたのに、目があっただけで体が熱くなり足が震えてしまっていた。