さよならは言わない
これ以上友美に心配かけたくなくて明るい声でいたい。
なのに、突然、私の人生を狂わす男が私の前に現れた。
「話があるんだ」
いきなり玄関のドアが開き室内へと上がり込んだ尊は私の電話を取り上げた。
「絵里、もしもし?! 絵里!!」
「絵里なら大丈夫。恋人との再会に喜びにうちひしがれている」
勝手に電話の相手に話しかけたかと驚いていると今度は勝手に電話を切ってしまった。
「勝手なことしないで!」
「子どもの父親なら挨拶でもしておこうと思っただけだ」
相変わらず傲慢なところは変わっていない。
昔はこの傲慢さを情熱のための強引さだと勘違いしていた。私を想う心に従って愛情を素直に表していると思っていた。
けれど、全てが嘘だった。
尊は一緒にベッドに入る女が欲しかっただけ。それも、尊に従順な女を。
何時までも捨てられた女でいたくない。
もう、尊に苦しめられたくない。
「契約は破棄になったのよ。話し合いは会社の担当者として欲しいわ」
「派遣会社へどう報告されてもいいのか? 笹岡絵里は我が社のエリート社員らを次々誘惑しようとしたと報告すれば今後派遣社員としての信用はどうなるだろうな?」
どうして尊は捨てた女に構うの?
まだ、遊び足らなかったから?
何故、こんなやり方で私をもっと苦しめようとするの?
「絵里、仕事を続けたくはないのか?」
「仕事を?」
尊は頷いて私の目を見つめた。まるで、以前の熱い情熱を持った尊の顔をして。