さよならは言わない

「仕事をさせてくれるの?」


引き続き仕事をすることが出来れば確かに助かる。尊の会社の給料は高いから。

でも、尊が私を雇いたくないはず。

ならば、何をしに来たって言うの?


「引き続き仕事をさせても良い」


尊の言葉が信じられなくて思わず尊の顔をまじまじと見てしまった。

すると、尊は仏壇の前へと行くと正座をし手を合わせてくれた。

尊は何も知らず仏壇の前にいるけど、きっと、美香は今頃喜んでいるだろう。実の父親から参ってもらえたのだから。


「仕事は最初の予定通りの期間だ。給料などは派遣会社との契約通り何の変わりもない」


尊の申し出は有り難いが、このまま上手く契約期間終了まで事なきを得るとは思えない。


「けれど君の体調は万全ではないし医師の治療を必要としている。だから、病院の通院を優先するし残業もさせない。勿論我が社の社員同様休憩時間も認める」


尊は何を企んでいるの?
憎んで捨てた女にこんな甘い顔をしないのが尊なのに。

尊が私を雇う理由が分からない。


「そんなに優遇されては他の派遣社員に申し訳ないわ」

「条件がある」


ほら、やっぱりそうなのよ。
尊は憎む私に悪夢を見せたいんだわ。
そして、地獄のドン底に私を突き落とさないと尊の気持ちは収まらない。


「君の契約期間中、俺の恋人になってもらう」

「なぜ、こんな馬鹿げた取引を考えたの?」


派遣契約期間だけの関係を『恋人』とは言わないわ。それは、『愛人』と言うものよ。

私を弄んで捨てるのがこの人の狙いなんだわ。
 
拒むのは簡単だけど、きっと拒めば私が二度と派遣社員として働けないように手を下すはずだ。

私はやっと自分の生きる道を見つけることが出来たのに、私を捨てた男に再び私の人生を奪われたくない。


私はほんの一時辛抱すれば元の私の生活に戻れる。

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