さよならは言わない
自宅アパートへ戻ると真っ先に茶の間のテレビの横に置いている小さな仏壇に手を合わせた。
「ごめんね、今日あなたの父親に会ったけどやっぱりダメだったわ」
大学卒業後に尊の子どもを出産したけれど、突然の死にこの子はこの世に数日間しか生きられなかった。
とても大きな泣き声に元気のいい赤ちゃんだったのに。
産まれたときの一枚の写真が唯一この子が生きた証。
生まれて直ぐに天に召されたこの子の為に何かしてやりたい。
だけど、この世にいない娘には手を合わせるくらいしか出来ない。
「美香、ごめんね、こんなママで。ごめんね」
そして、この子の死を悲しむことしか出来ない。
私は情けない母親だ。
今回の仕事の契約が取れなかったから「さあ次の仕事を!」とスムーズに事は運ばない。
次の仕事が決まるまで少々期間が空いてしまう。
収入が途切れると今の私にはかなり辛い。
生きていくためには働かなければならないし、亡くなった娘を弔うのにお金もかかる。
わずか数日しか生きていなかったとしても一人の人として法要をしてやりたいし命日にはお経もあげてやりたい。
「美香、契約取れなくてごめんね。だから、今月の月命日にはお供え物が質素になるけど許してね」
もし娘の美香が生きていたら今年で4歳になる。
4歳の女の子ならリボンを欲しがったり可愛い靴も欲しがっただろう。
そんな女の子が持つようなものをお供えしたかった。
だけど、今年はリボンやお菓子などしか出来そうにない。
仏壇の前に座り込んだまましばらく動けなかった。
アパートへ戻って来た時はまだ日は高々としていたが、いつの間にか外は薄暗くなっていた。
仏壇の前で茫然としていた私には部屋の中が薄暗くなっていたことに気付いていなかった。
そんな頃だった。
私の携帯電話が鳴りだしたのは。
電話の着信音に気付きバッグから電話を取り出し液晶画面を確認するとそこには派遣会社の担当の田中さんの名前が表示されていた。