さよならは言わない

あまり電話に出たい気分ではなかったが、かと言って今日の派遣先の挨拶では失礼な振る舞いをしたことを詫びなければと思い渋々と通話ボタンを押した。


「田中さん、今日はすいませんでした」

「取れたわよ、契約」


契約が取れた? 尊が私を受け入れるという事?

何故、急に尊は契約する気のない私と雇用契約を結ぼうと言うの?


「意味が分かりませんが」

「先方の専務があなたに失礼な態度をしたと詫びていたわ。そしてね、来週の月曜から勤務に入って欲しいそうよ。勤務先は営業3課よ」


確かにあの時の尊は私には失礼だった。

私を捨てた過去があったとしても、今回は派遣会社を通し仕事をする為に挨拶に出向いたもの。

尊と会話をするつもりはなかったし、追いかけなんてもってのほかだし尊とヨリを戻そうなんて絶対に有り得ないことだ。

それさえ尊に理解して貰えれば私は高給な仕事にありつけるのだから。

今の私には割の良い仕事が貰えればそれで十分。

もう、あんな辛い目にあいたくないから恋愛はしたくない。

結婚なんて絶対にしたくない。

だから、一生独身で通すつもり。


「分かりました。月曜日に勤務開始ですね。それで、営業3課への挨拶はしなくてもいいのですか?」

「専務の方から連絡を入れるそうだから月曜日直接営業3課へ出勤すれば言いそうよ。時間は9時。遅れないようにね」

「分かりました。月曜日の9時に直接営業3課ですね」


いよいよ、私の3か月の戦闘が始まる。

尊に私の存在を知られずに3か月の契約を無事済ませ仕事を終えるつもりだったのに、計画は予定通りに行かないものだ。

だけど、そんな事はどうでもいい。

私は仕事をしに行くのであって恋愛をしに行くのではないから。

田中さんとの電話を終えると私はバッグを手にし買い物へと出かけた。

アパートの近所にあるスーパーへと向かうと子供向けのお菓子だけを購入した。

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