さよならは言わない

尊は私が裏切ったと言った。

だけど、私を捨てたのは尊だ。

多くの女性達の一人だった私に今更なにを期待しているのか分からない。

裏切ったと言うけれど、その他大勢の一人なら裏切りも何もないはずなのに、尊は他の女と私を勘違いしているのかも?

もしそうならば、結局私はその程度の記憶にしかない女だったという事になる。

そんな女を相手に愛人契約だなんて尊の記憶力を疑いたくなる。


「病院へは行っていたのよ。私にはかかりつけの病院があるの。行くならそこへ行くわ」


尊に捨てられ生まれたばかりの美香に死なれ、私は精神的にかなりのダメージを負った。

その時にお世話になった先生が私の担当医として今も時折診察を受けることがある。

その先生がいるのだから尊が診察させようという病院へは行かない。


「ならばそこへ一緒に行く。どこの病院だ?」

「かかりつけなのよ。一人で行くわ」


カウンセリングをして貰っている担当の先生は私が尊に捨てられた過去を知っている。

そんな人のところへ尊を連れて行けるの?


「ダメだ、俺が連れて行く」

「よして! これ以上私には構わないで」

「契約は守ってもらうし、俺もその間はお前を守るつもりだ。お前を不利な立場へ追い込もうとは考えていない」


尊が私を守る?

裏切ったと思っている相手にそこまで出来るものなの?

私には尊が何をしたいのか分からない。


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