あと5センチで落ちる恋
プロローグ
秋。
オフィスの窓から見える紅葉がキレイな、10月の午後10時。
私は思い切って目の前にいる男に問いかけた。
「な…なにをするつもりですか」
「お前、わかってんだろ」
男はそう言って、私の目を覗き込んだ。
確かな意志を持った熱っぽい視線に、自分の顔が熱くなるのがわかる。
他に誰もいなくなった夜のオフィス。
静かなフロアに自分の心臓の音が響きそうなほどドキドキしていて、足もとに落ちてしまった私のカバンからは、中身が散らばっている。
(…どうしてこうなったんだっけ)
必死に落ち着こうとするものの、圧倒的な存在感がそれを許してくれない。
今日は少しだけ残業したらまっすぐ帰ろうと思っていたのに。
いつも通り、お疲れ様でしたと挨拶をするつもりだったのに。
「…おい。他のことを考えるな」
頭の上から降ってきた声にはっと顔を上げると、形のいい唇が目に入った。
(———ああ、だめだ。おとされる)
私はゆっくりと目を閉じた。
その瞬間、初めてこの人と出会ってから今までのことが頭をよぎった。
キスするまで、あと5センチ。
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