あと5センチで落ちる恋
中にいたのは水瀬課長だった。
何かを探しているようには見えないがのぞいてしまった手前、話しかけようか迷った。
(…いいや、気付かれてないしこっそり戻ろ)
その場を去ろうとした瞬間。
「入るなら入ればどうだ」
「!」
水瀬課長がゆっくりとこちらを振り返って、目が合った。私の顔をちらっと見て、すぐに手元のファイルへと視線を落としてしまった。
「あ、いえ…特に用事があったわけでは。扉が開いてたから気になっただけで…すみません」
「そうか」
そこで、出張のことを思い出した。
「来週の出張の話聞きました。よろしくお願いします」
「ああ、よろしくたのむ」
「あの、私出張って初めてで…あ、新幹線とホテルの手続き確認はしました。課長の手腕を吸収するつもりで頑張りますので…」
ふと思った。
そもそもどうして私なのだろうか。
水瀬課長が行くのは先方の指名だとして、どうして一緒に行くのが私なのだろう。営業課の人でも良かったし、そうでなくてもせめて私より慣れてる人なんていくらでもいたはずなのに。
「…私ですみません。他にもっと適役がいたと思うのですが」
「そんなことはない」