あと5センチで落ちる恋
「いやだって、あんなにモテるのに!その気になれば彼女の2人や3人」
「複数にすんな!俺は別にモテてるわけじゃない。モテるのはお前だろう!」
さらにそんなことを言われたのでぎょっとしてしまう。やけくそになってビールを一気飲みしてテーブルにドンッとジョッキを置いた。
「何言ってるんですか!?感覚どうなってるんですか!社内でのご自分の人気っぷりに気付いてくださいよ!」
「知るか。お前こそそれだけ仕事が出来て気配りが出来て、人当たりが良くて美人なんだから充分もて……る、だろ……って、」
「!?………」
「……っ!」
(いま、なんかすごいことを言われた気がする……)
きっと深い意味なんてない。ないに決まっている。だけどあまりにも大サービスな言葉に、思わず顔が赤くなるのを感じた。
ちらっと目線だけで課長を伺うと、頬杖をついて完全に横を向いてしまっている。その横顔が心なしか赤い気がするのは私の気のせいだろうか。
いたたまれない空気の中しばらくお互い無言を貫いたが、少し経って口を開いたのは課長のほうだった。
「あー、なんだ。越智の好きな奴がお前じゃなくて良かった」
「え!?」
「もしお前だったら、お前を指名しての出張でこうやって飯食いにくるのも気をつかうからな」
(…ほんっと、心臓に悪い!)
なんとか場の空気を変えようとしたのだろう課長の言葉は、おそらく計算もなにもない。
だけど私の心を落ち着かせるにはまったくの逆効果で、まさにお互い恋愛に不器用なのが丸出しだ。
天然爆弾を落としてくる水瀬課長に振り回され、せっかくの牛タンの味もよくわからなくなってしまった。
来る前は思いもしなかったけれど、すっかり”女子社員達が羨ましがる出張”になってしまった気がした。