あと5センチで落ちる恋
「あの!中野さん、ちょっと話があるんだけど…いいかな?」
そう声をかけられたのはノー残業デーの水曜日、午後6時に会社を出たときのことだった。
振り向くと、見覚えのある少しチャラそうな男の人が立っていた。同じ会社の人だということはわかるけれど名前までは出てこない。
「えっと…?」
「経理課の影山です。何回か話したことあるんだけど覚えてないかな?」
「ああ!影山さん!」
経理課の影山と聞いて思い出した。噂好きの由紀がよく口にしていたからだ。
たしか私の2つほど先輩の影山さんは、見た目通り女関係にだらしないらしくあまりよく思っていない人も多いとか。
ただ顔は整っているので、それでもいいと言う女の子もいる。
「私に、何か用ですか?」
今まで話したことはあっても仕事関係のことだけだ。不思議に思っておずおずと尋ねてみる。
「そう、中野さんに用がある。よかったら今から2人で飲みに行かない?お酒強いって噂で聞いてるよ?」
「?はあ、あの、結構です」
「え、」
「それだけでしたら、これで失礼します。お疲れ様でした」
そう言って回れ右をして歩き出した。
思わず首をかしげてしまう。いきなり飲みに誘われるような関係ではないし、そもそも当日の直前に誘うなんて断られる可能性が高いのに。
「ち、ちょっと待ってよ」
慌てた声がしたと同時に、肩に手を置かれた。