あと5センチで落ちる恋
水瀬部長が来て3日。
新しい風というには激しすぎるみたいだった。
「前田!!」
課長が怒鳴る。その瞬間、フロアにいる社員全員の視線が前田くんに注がれる。
「は、はい!」
「お前これ本気でやってんのか!」
「ひっ!」
「とっととやり直せ!」
うわー…という空気にフロアが包まれる。
誰かが怒鳴られているのを見る度に、自分は絶対にミスしたくないと思って仕事に集中するようになった。
水瀬課長の優秀さは、3日目にして他の社員を黙らせた。
今までだってここの社員は、自分達なりに精いっぱいやってきたつもりだった。
だけど根本的なレベルがもう違うのだ。
妥協しない、ぎりぎりまで粘る、要らないものを切り捨てる。
その判断力が優れているうえに、スピードも早くて的確で。
前の課長だったら躊躇してしまうような案件でも、その時間さえもったいないと言うように攻めてしまう。
「これは本社が引き抜きたがるわけだ」
そんな由紀の独り言を隣のデスクで聞きつつ、キーボードを打つ手を速めた。